帰省当日の朝は早起きだった。
バイトの関係上、朝バイト先に顔を出さなければならない用事があった。
しかしわたしが住んでいるところは市街地から離れている。
バスで行こうものならどんなに早起きになってしまうだろうか。
そんなことを思っていると、バイト先のとても偉い人が
「俺、近くに住んでっから送ってってやるよ!」
と言ってくださったのでお言葉に甘えて乗せて頂くことにしたのだ。
それでも、朝7時というのはどうにも早起きがすぎる。
偉い人を待たせるわけにはいかない。
その上、わたしの住む地域は寒いので水抜きをしなければならないし、しばらく家を離れるのでゴミ捨ても行かなきゃ行けないし、まだ前の日の食器も面倒で洗っていなかった。
というわけでわたしは6時に起きる羽目になった。
眠い目をこすり、とりあえず実家に持ち帰る荷物をカバンに放り込む。
そこでわたしはiPodがないことに気づいた。
移動時間や暇な時は音楽を聴いて過ごすわたしにとっては死活問題である。
初めはそこらへんにあんだろ、って気持ちでまさぐっていたがどこにもない。
流石に全日本ものなくし選手権銅メダリスト(自称)、もの忘れオリンピック日本代表(自称)のわたしでも焦りが募る。
待ち合わせは刻一刻と迫ってくる。
しかも、水抜きや洗い物やゴミ捨てたちがわたしを待っているのだ。
後ろ髪を引かれる思いで、わたしはiPodを諦めゴミ捨てに行くことにした。
ゴミ袋を縛り、さて行こうとそこらへんにあったパーカーを羽織ったところで、ポケットに何か硬いものを感じた。
取り出してみると、それはさっきまで狂ったように探していたiPod。
なんというコメディだろう。
灯台モトクラシーってやつだ。
安堵と呆れとともに、わたしはゴミ捨てへ向かった。
そして無事他のことを済ませ(水抜きはバルブが二つあると書いてあったのに一つしかなかったのでそれをひねっておいたが少し不安ではある)、偉い方とも合流でき、バイト先で用事も済ませることができた。
きちんと新幹線のチケットも買うことができ、乗り遅れることもなかった。
新幹線の中で安堵しながら帰省は安泰に終わりそうだ、などと思っていたが、最後にまだ驚きが待ち受けていた。
地元の駅に降り立ち、改札を抜けたあたりにわたしは違和感を覚え始めた。
出口に差し掛かったあたりで、その正体がようやくわかった。
「暑い。わたしの服装は季節外れである」
寒い地域から来たわたしは、コートにマフラー姿とかなり着込んでいた。
しかし地元では、明らかに不適切だったのだ。
少し歩いただけなのに、暑い。
周りの人々もかなり軽装で颯爽と歩いている。
たまにこちらをチラチラ眺めている人までいる。
何もわたしだって好きでこんな格好をしているわけではないのである。
たしかに気温差を考えずに着込んできたのは悪かったかもしれない。
でもそんなに奇怪なものを見るような目でみることないじゃないか。
わたしだって暑くて苦しいのである。
でも脱いだところで手はふさがっているし、どうしようもないのだ。
甚だ遺憾である。
こうしてわたしの帰省は、パーカー中暗し事件から始まり、ひとり我慢大会事件で終わった。