笹かまコンビーフ

イキリキャシーが、どうでもいいことを毎週金曜に綴るだけのブログ

「好きなもの」シリーズ~言葉編~

 

「好きな言葉は何ですか?」

 

これはインタビューなどでよく聞かれる質問だ。

 

インタビューなんて受ける予定は一切ないのに、私はこれを聞かれたらどうしようとしばらく頭を悩ませていた。

 

自分の芯となる考えみたいなものはあるが、それは言葉ではなくただの自分語りだ。

 

それこそイキリキャシーである。

 

特に誰の言葉や考えに直接影響を受けたものでもないし、自力で短い言葉にまとめられる技量は私にはない。

 

とはいえ、当たり障りのない普通のことを言うのは謎のプライドが許さない。

 

特に好きでもない手あかのついた言葉を「好きな言葉です」というのは違う。

 

インタビューの際はどう答えるべきだろう。

 

もう一度言うが、私はインタビューを受ける予定はない。

 

せいぜい知り合いから回ってくる、授業や卒論で使うアンケートくらいだ。

 

そんなもので好きな言葉を聞かれることなどまずない。

 

しかし、人生は何が起こるかわからないものである。

 

いつか思いついたらどこかにメモっておこう、そう決めた私は心に響くかっこいい言葉を待ち望んで生きていた。

 

 

そして私は運命の出会いをはたした。

 

ある日友人(以下お茶)に、特大ブーメランを放つのが趣味なのか?というくらいの知り合い(以下ブーメラン)の批判的な引用リツイート

 

「自分もこれやりたいって言ってたでしょ。どうした?」

 

といったツッコミとともに送ったところ、

 

「この人、自分がやってることとかやってたこととか、3日くらいで忘れてるんじゃない?笑 なんで意気揚々とリツイートしてんの笑」

 

と返信が来た。

 

この時は「意気揚々wwwww」と返しただけだったが、あとからお茶と一緒にブーメランへのツッコミ集を見返したとき、「意気揚々」という言葉が妙にツボにはまってしまった。

 

改めて「意気揚々」と向き合ってみたら、「意気揚々」が持つ微妙なニュアンスとそのシュールさのとりこになってしまったのだ。

 

「確かにダサすぎる」とお茶からの賛同を得た私は、さらに魅了されてしまうのだった。

 

我々なりに、どうにかこのシュールさを表現しようと尽力した結果がこれだ。

 

お茶「楽しそうに明るくしてる、鼻フガフガさせて力んでいるように感じる」

 

私「頭空っぽのままウキウキして何かやろうとする(そして失敗する)滑稽な姿を表す」

 

伝わっただろうか。

 

「意気揚々」のシュールさが。

 

それ以降は、隙あらば「意気揚々」を使ったり、「意気揚々」と出会うたびにお茶に報告したりする日々が始まった。

 

 

例えば、外国人教授にイラスト付きで「意気揚々」を布教するとか。

 

それをお茶に報告したLINEがこれだ。

 

私「今日外国人の教授と友人とボードゲームしたんだけど、教授に『意気揚々』教えてあげた。

私『やったー!18点かなぁ?!』

教授『キャシー、0だよ。これだとポイントはもらえないんだ』

私『えー!くっそー!忘れてた!これね、日本語で意気揚々って言うんだよ』

って感じで」

f:id:Ikiri-Kathy:20211011160442j:plain

イキヨーヨー

私「これ、意気揚々って感じだよ、って見せてあげた。後輩は『そうですかね…?』って言ってたけど」

私「そのあと別の子が意気揚々とポイント計算したとき、先生『You are イキヨーヨー!』って言ってた」

 

お茶「死ぬほど笑った笑 決して間違えてはないんだけど、教えてはいけないことを教えてる感じ笑」

 

私「教授がOhhhhhhh! You are イキヨーヨー!!!!!って言ったときは笑った」

 

お茶「もうだめだ笑 二度と意気揚々っていう普通の日本語を何の感情もなく見ることはできなそう。聞くたびにブーメランやイキヨーヨー!が出てきちゃう」

 

このくだりは、LINEのアナウンスになるほどインパクトが強いものとなった。

 

 

そしてもう一つは、「意気揚々」を解説したブログ。

 

我々オリジナルの定義だといささかフランクすぎるし、どうやってあのシュールさをまじめな日本語で表しているのかが気になり、私は「意気揚々」と検索した。

 

辞書での正確な定義やブログでの解説を、私たちはちょっと面白さを見出しすぎなもののだいたい納得できるな、なんて思いながら見て回っていたところ、あるブログがかなり異彩を放つ例文を載せていた。

 

一つ目の、

 

「意気揚々と営業活動しているので頼もしい限りです」

 

もなかなか驚いたが、さらに衝撃だったのは二つ目の例文だった。

 

「意気揚々とプレゼンしているので、とても好感が持てました。自信があるのですね」

 

思わず「ひゃあはは」と悲鳴とも笑いともつかない声が出てしまうくらいには衝撃を受けた。

 

すぐさまスクショを撮り、URLをお茶に送った。

 

私「え?!?!私こんなの絶対言われたくない!『意気揚々とプレゼン』とかマジやばいやつじゃん、これで『自信があるのですね』とか言われたら皮肉でしかない」

 

お茶「あんまり、こういう良い場面では使わない感じするよね。言われても、もうバカにされたとしか思えないよ笑」

 

私「だよね?!私これ言われたら泣いちゃうよ。絶対この場面じゃない」

私「「意気揚々と」の類義語や言い換え | 大手を振って・勝ち誇ってなど-Weblio類語辞典 (←URL)私類語辞典好きなんだけど、これほんと面白いし、我々にとっての意気揚々ってこれだよね。ニンマリ顔で、とか鼻息の荒い、とかマジでそう」

 

お茶「まさにそのイメージだよね!」

 

 

さらには、自分が書く文章にこれでもかと入れる始末だ。

 

先週投稿した尻破れエッセイにも、ふんだんに使用されている。

 

↓これ

 

 

sasakama-cornedbeef.hatenablog.com

 

 

ここまで日常に「意気揚々」が浸透しているなんて、よほど私は「意気揚々」という言葉が好きなのだろう。

 

「意気揚々」という言葉が好き…?

 

そうだ、これだ!

 

「好きな言葉は何ですか?」の答えは、これだ!

 

「私の好きな言葉は『意気揚々』です」

 

いつかインタビューをされる時が来たら、私は意気揚々とそう答えるつもりだ。

 

かっこいい言葉じゃなくていい。

 

「意気揚々」が私の心に響いたんだから、これでいいのだ。